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日本酒の未来を拓く

100年企業のふたりが語る日本酒の現在地と未来。

Episode 04 未来のためにできること

対談場所を蓬莱庵に移し、100年企業として、また広島に根ざす地域企業として、未来のためにできることは何か。それぞれの想いやビジョンを語り尽くしました。

初めての一杯が
美味しいお酒であってほしい

石井: ここは蓬莱庵といって、一般公開はしていないのですが、お得意先様などご来客のおもてなしに使っています。母方の祖父、安芸高田市高宮出身の日本画家・児玉希望の、東京文京区にあった画室や茶室も移築しています。

山本: 建物もさることながらお庭も大変立派ですね。こうやって濡縁に座って景色を眺めながらいただくゴールド賀茂鶴はまた格別です。

石井: 今日は暑からず寒からず、気候もいいのでお酒もすすみますね(笑)。さて、現在、過去、未来と時間軸に沿って、いろいろ語ってきましたが、改めて思うのは地域企業として、これからも地域とともに歩むという覚悟と感謝。地域やお客様との共創なくして日本酒文化の未来はない、という悲痛な思いです。

山本: そうですね。未来は今まで以上に「お客様とともに」「地域とともに」という「共創」の理念が求められる時代になると思います。

石井: 未来に視線を向けたとき、次世代を育てていくことも我々の大切な使命であると痛感しています。既存のお客様も大切にしながらも、やはり日本酒を愛してくださる次の世代を育てる努力をしないと、10年20年先の日本酒文化の存立が危うい、という危機感があります。

山本: そういえば東広島には広島大学、近畿大学工学部、広島国際大学と大学がたくさんありますよね。

石井: そうなんです。東広島は酒蔵の街であるとともに若者の街でもあるので、そうした若い世代に向けたいろいろな仕掛けも考えています。例えば、山本さんに飲んでいただいた「日本酒ソルティドッグ」を広島大学の学生と試みた「日本酒ラボ」という企画もそうですし、「お酒の成人式」という20歳の若者を対象にした取り組みもその一つです。

山本: 「お酒の成人式」はどのようなことをされているのですか?

石井: お酒の基礎知識やマナーをご紹介するとともに、大吟醸酒を振る舞うのですが、それは初めての一杯がおいしいお酒であってほしい、そして最高の思い出にしてほしいという願いから始めた取り組みなんです。だって最初の一杯がおいしいものでなければがっかりして、もう2度と日本酒を飲もうとは思ってもらえないかもしれないでしょう?

山本: 確かに。最初の印象って肝心ですよね。

石井: 酒離れを嘆いたり、「若者は…」と距離をとってしまうよりは、信じることが大事なんじゃないかということも感じています。先日、NHK時代の後輩がプロデュースした、若者にとって魅力のあるゲームの世界観や開発秘話を取り上げる「ゲームゲノム」という番組を見ました。あるゲームで若者は「どんなに頑張っても倒せない巨人がいる」という不条理な体験を学んだと言うのです。リアルでないとそんなことは体験できないと信じてきたのですが、ゲームの世界の中で彼らなりに世界観、倫理観を学んでいる。私自身、ゲームのことは全くわからないのですが、番組を見てその気持ちは少しわかる気がしました。もしかしたら、ストーリーや世界観こそが、我々と若い人たちとを繋ぐ共感ポイントなのかもしれません。若い世代の人たちをリスペクトしつつ、日本酒文化を担い続けたいです。

山本: 互いに歩み寄る気持ちが結果的に、互いの関係を育むということにつながるのかもしれませんね。

石井: 「お酒を飲まない世代」へのアプローチもしています。地元の保育園児による酒米の田植えや刈り取り体験ということもやっています。大人になった時に、たとえお酒を飲まなくても「酒蔵のある街で育った」「毎日酒蔵の井戸に人びとが水を汲みに並ぶ街で育った」という故郷の原風景が酒蔵の景色であれば素敵だな、と考えています。もちろん酒蔵ですから、酒米を植えた子供たちが、「お酒の成人式」で日本酒の世界に戻ってきてくれれば嬉しいかぎりですが(笑)。そうした一つひとつの積み重ねが巡り巡って日本酒文化を守ることにつながればいいな、というのが私の切実な願いでもあります。

山本: 一見、遠回りに見えても、結局、日本酒文化を守るということは、そういう地道な積み重ねでしか辿り着けないのかもしれませんね。

「みんなで創る」が
スタンダードになる

石井: 何度も繰り返しになりますけど、やっぱりこれからは「双方向」なんですよね。お客様のことを知ると同時に、我々のこともお客様に知っていただく。そうやって関係性や絆を維持し続けて、当事者の一人になってもらうという仕組みづくりが大切ですね。

山本: それでいうと、我々も数年前から読者の疑問をLINEで受けつけて記事にする「こちら編集局」という仕組みをスタートさせました。読者の疑問から始まった記事を目にした行政が、実際に規制を緩和するなどの成果も出ています。

石井: へえ!それはすごく面白い取り組みですね。

山本: 今、そこからさらに踏み込んで、読者と記者がフラットな立場で直接やりとりをできる場を、WEB上に準備したいと考えています。われわれが普段何を考えているのか知ってもらえたら、読者との距離も近くなるんじゃないでしょうか。「今、こんな取材をしています!」とか、「こういうことを聞こうと思って連絡してみたけど返事がまだ来ません」とか、そういう記事執筆にいたるまでの過程を出してしまったら面白いなと。

石井: ちょっと心配なのですが、取材の情報を出しちゃうとネタバレになりませんか?

山本: 公開するネタはもちろん選びますけど、出していいネタなら全部プロセスを出しちゃっていいと思っています。知られてもいいし、できるのであれば真似してもらってもいい。「ニュースはタダ」と考える人が増えていますが、一つの記事を書くには、皆さんが想像している以上に人手も時間もかかっているんですよということが逆に伝わるんじゃないかと。これって酒造りも多分同じだと思うのですがいかがですか?

石井: おっしゃる通りで、酒造りも実にたくさんの工程があります。もしかしたら皆さんが思っておられる以上に大変な作業かもしれません。今、生酛造り(きもとづくり)という昔ながらのお酒造りを、しかも社員自ら作った木桶で醸すという伝統的な酒造りにチャレンジしようと準備しているのですが、その過程を全部公開してしまいたいと企んでいます。

山本: 生酛のお酒は飲んだことはありますけど、実際、いろいろな種類のお酒があって、その差って私たちはよくわかっていなかったりします。そういうわかりにくいことを「こういうものなんだ」って蔵元から発信してくれるのはすごくいいですよね。木桶でお酒を造るというのも、とても珍しいことなのではないですか?

石井: 実は木桶醸造自体が存続の危機を迎えています。というのも大きな木桶を製造できる事業所が大阪に1社あったのですが、そちらが製造をやめる予定だと発表されたんです。賀茂鶴も2018年から蔵大工や醸造蔵の若手社員を送り込んでご指導を仰ぎ、自社の大きな甑(こしき)の箍(たが)を編む技術の習得から始めました。それが先ほど八号蔵で見ていただいた甑です。

山本: 甑というのはどういう用途で使われるのですか?

石井: 甑は蒸米(むしまい)といってこの中にお米を入れて蒸す工程で使います。素材は吉野杉で容量は3トン。甑としては日本最大級の大きさになります。

山本: 日本最大級だったのですね。どうりですごい迫力でした。

石井: 2021年には「木桶製造プロジェクト」を立ち上げて、今度は醸造用の木桶の製作にも挑戦しました。甑(こしき)と違って液体を入れても漏れないようにしないといけないので、技術的にかなり難しいものだったのですが、若手社員ら3人が泊りがけで指導していただき、10日かけて完成させました。

山本: 素晴らしい取り組みですね。今後は木桶の修復はもちろん、製作も自社でできるところまで繋げるということですよね。

石井: はい。容量約400リットルのテスト用の小さい木桶を作って、そこから生酛造りを試していきたいと、社員が張り切っていています。失敗するかもしれませんが、それもひっくるめて記録して発信していきたいと、準備を進めています。

山本: いいじゃないですか。センサーもつけて、温度もリアルタイムで数字を公開して、途中のプロセスをあえて全部見せる。

石井: そうやってみんなで造ろうというお酒があってもいいですよね。一緒に造ったら、そこに触れたらファンにならざるを得ないですから。

山本: いいですね。お酒が完成する頃にはみんなファンになっていて樽が売約済みになっている、ということもできたら面白いんじゃないですかね。

「一緒に」文化を創っていく

石井: 日本酒文化を守りたい。でもそれは酒蔵だけで守れるものではない。「一緒に」というのがとにかくすべてにおいて重要なキーワードで、我々だけが引っ張っていくということはあり得ない。みんなの力で文化を創っていく、という点においてはどの分野も同じなのではないかと思います。

山本: 本当にそうですね、中国新聞社もお客様をはじめ、多くの県民との対話を通じて未来をともに共創するプロセスなくしてはこの先存在できないと感じていますし、それこそが次の100年を生き残っていくための一つの方向性だと確信しています。

石井: そうやって「一緒に」という思いを強めるなかで、このところ、広島って少し元気がないのかなということも実は感じていて、今こそ100年以上にわたって育てていただいた地域への恩返しをするときかな、というのも肌感覚的にあります。

山本: それはちゃんと数字にも表れていて、都道府県別の転出超過も2021年、2022年の2年連続でワーストワン、マーケットも縮小傾向にあって、地方中核都市の中で「広島が一人負けしている」という声も聞こえています。

石井: やはりお客様に元気になっていただかないと、我々も元気になれない。そこは「卵が先か、ニワトリが先か」というジレンマでもあります。その一方で、今年は5月にG7広島サミットが開催され、この歴史的な舞台で広島県の多くの産品も取り上げられました。

山本: サミットで各国首脳の訪問先や、振る舞われた食事は日本だけでなく海外のメディアによって世界に広く伝えられました。今回の広島G7サミットの経済効果は900億円を超すのではという報道もありましたが、個人の実感としてはまだまだです。今後の発展にどう繋げるかは大きな課題ですよね。

石井: 賀茂鶴の「純米大吟醸 広島錦」も一日目のワーキングディナーで提供されましたが、広島には西条をはじめ多くの酒蔵もあります。今後は欧米はもちろんアジアからも多くの方々に実際に酒蔵を訪れてその魅力に触れていただける、そんなきっかけにしたいですね。「輸出」と「観光」が同じ「戦略ストーリー」につながると素晴らしいです。

山本: 広島サミットが、賀茂鶴さまの海外輸出が大きく盛り上がるきっかけになるといいですね。いちファンとして応援しております。

石井: ありがとうございます。さて、広島という地域に根ざす企業同士、100年先の未来に向けて何ができるかということを一緒に考えていただいた中で見えてきたのは、やはり「お客様とともに」「地域とともに」という「共創」の理念だったように思います。当然といえば当然ですが、それこそが後世に伝えるべき文化を守り、育み、そして伝えていくための土壌であるといえるのかもしれません。

山本: そうですね。中国新聞社は創業130周年の節目に「このまちの未来をともに創造する地域応援企業グループに進化する」というビジョンを新たに定めました。地域ニュースの流通もそうですし、まちづくりも再開発もそう。第三者的に記事を書くだけではなく、プレイヤーとしてまちを応援する企業になろうということを、この10年のビジョンに掲げています。これから先、新聞という形が少しずつ変わっていくことはあっても、中国新聞社が果たすべき役割は変わりませんし、その火を消さないようにしたい。その実現のためにはやはり地域企業同士の連携も欠かせません。ぜひこの先100年、200年とよろしくお願いします。

石井: こちらこそ、いろいろなシーンで一緒に広島を元気にしていけたらと思います。広島の人から元気をもらいたいし、恩返しも含めて僕らが広島を元気にする一翼を担っていかなきゃいけない。巡り巡って、それが文化を守ることに繋がっていくのだと思います。今日は貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、本当にありがとうございました。

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