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Story 07 株式会社サタケ【後編】

株式会社サタケ
対談の様子
写真)「真吟」とは、米と同じ形に、かつ平べったく削る扁平精米に由来する技術、米、酒の総称のこと。「”米の真価を吟味して醸す”という意味で『真吟』と命名しました。」と大橋さん。

サタケのものづくりへの情熱をたっぷり聞いたあと、お昼の休憩を挟んで、引き続き新山さんと広報担当の大橋さんに、「真吟」という新しい精米技術についてお話を伺った。

対談の様子
写真)手に持つのが扁平精米の見本。左手に持つボールのように丸く削る球形精米よりも雑味となるタンパク質が少なくなるという。

 賀茂鶴でも、一部の商品でこの真吟精米された米を掛け米に使わせてもらっている。使っている杜氏に聞くと、精米工程であまり米を磨かなくても磨き方を変えることで、アミノ酸度が低くすっきりしたお酒が造りやすくなるそうだ。

 扁平精米の理論そのものは、1990年代から存在していた。その頃、サタケでも平べったく精米をする機械の開発に挑戦したことはあったそうだが、高度な技術を要するため当時はうまくいかなかったらしい。ところがそれから30年近く経った2018年、ついに扁平精米できる精米機を開発した。しかもそれは狙ったわけではなく、偶然の産物だったというから面白い。
対談の様子

 新山さんによるとその経緯はこうだ。
 日本酒の消費量の減少とともに、醸造精米機の需要が大きく落ち込んだ時のこと。新山さんは会社に酒造精米機からの撤退を進言した。

「ところが、会社の判断は違いました。『酒米はうちの創業の精神。だから、たとえ儲からなくても酒造精米はやめない』と。その言葉を聞いて私も心が決まったんです。ならば、30年ぶりに新しい醸造精米機をつくって、今まで支えてくださったお客様に恩返しをしましょう、と新型精米機の開発をすることにしました」
 そうして “今までよりも早く、そしてきれいに精米できる”醸造精米機の開発が始まった。

砥石の画像
写真)「cBN(立方晶窒化ホウ素)」という硬質な砥石を採用したことで、
精米の精度と速度がぐんと上がった

 「色々な方法を試す中で、精米ロールをcBN砥石にしてみたところ、これがうまくはまりました。この技術はアメリカの工場で乾燥大豆の皮をはぎ取る大型機械で使われる砥石で、その技術を日本に持込みました。これによって速度と精度の向上を達成しただけでなく、偶然、平べったい精米もできたというわけです」  平べったいお米が初めてできた時は、皆、精米に失敗したのかと思ったらしい。しかしそれが「扁平精米」だと気づくやいなや、開発担当者らは興奮した。その精度を高める改良を何度も繰り返し、2018年、扁平精米も可能とする新型醸造用精米機が誕生した。まさに「棚からぼたもち」の出来事だったというわけだ。 「業務用のIH炊飯の時もそうでしたが、もし国内だけで商売していたら、こうした発想には至らなかったかもしれません。そして何より“創業の精神”を守るという覚悟が「真吟」の開発に繋がったのだと思います」

従来型の砥石を手にする新山さん
写真)新山さんが手にするのが、従来型の砥石
真吟精米が入った袋の画像

「これを見てください。真吟精米は細胞を潰さないので、肌ぬかもほとんどつかない。透けて見える心白が、まるでクリオネみたいでしょ」そう言って、真吟精米の米が入った袋を手渡す新山さん。

 なるほど、これは美しい。たしかにビニール袋にもぬかが付いていない。これなら、お米をゴシゴシと洗わなくても済むし、洗米水も少なくていい。気づけば、SDGsにもかなう仕組みも生まれていたというわけだ。  そしてさらにこの真吟精米は、酒造りの価値までも問いかけることになる。1992年に級別制度が廃止されて以降、日本の酒造業界の中で築かれてきた「高精白で米を多く削るほど高級」という価値観に、静かに揺さぶりをかけたのだ。

 もちろん今も、精米歩合による格付けと距離を置き、数値を表示しない蔵はある。しかしまだ多くの蔵とマーケットは、精米歩合の数値=価値と位置付ける中で、「精米歩合の数値が高くても磨き方によって良いお酒ができる」という真吟に、抵抗感を示す蔵もあるだろう。そのことについて、率直な想いを新山さんにぶつけてみた。※精米歩合とは…
 米の磨きを示す数値です。玄米を精米した後の白米の重量が、元の玄米の重量に対してどれくらいの割合であるかを示しています。例えば、精米歩合が60%であれば、玄米の60%が白米として残っていることを意味します。つまり、精米歩合が低いほど、より多くの玄米を磨いて使用していることになります。
 「高精白」とは、精米する際により多く削り取ること、つまり精米歩合を低くすることを指します。
 「すべては市場、そしてお蔵様が決められることで、我々が何かを変えてやろうというような想いは一切ありません」と、きっぱり答えた。  「その上で」と前置きし、「真吟には酒造業界に役に立つ技術が詰まっている気もしています。だからいつか、求められる時代がくるだろうとも思います。その時に市場は必然的に変わっていくでしょう。それまでは『こういう磨き方もありますよ』とコツコツと発信を続けるだけです。いつか、その時が来たら『こういう酒なら、扁平精米にして、ここでこう使えばこういうテイストになりますよ』というところまで提案できるようにしておきたいなと思っています」  価値のシフトは一朝一夕にはいかない。けれど、たまたま生まれたこの真吟という技術が、ピタリとはまる日はそう遠くないのかもしれない。  そういえば、石川杜氏は「お酒の味なんて相対的なもの。酒自体の成分や表面的な味が、どこまで意味があるのか」と話していた。日本酒の価値は精米歩合やアミノ酸度といった「数値」だけで測れるものではない。酒の味わいはどんな時間に、誰と、どうやって飲むか。その時の体調は?直前に食べたものは?走ってきて喉が乾いているのか?気温は?シチュエーションによって変わるのだ、と。

 友人たちと交わす酒はもちろん、家族や親戚が集まる正月や、人生の節目に開かれる祝いの席。酒は人と人、人と地域をゆるやかにつなぐ文化として機能してきた。そこで私たちが味わっているのは酒そのものの味だけではなく、ましてや酒の銘柄やスペックだけでもなく、その場の空気や温もりも味わっているはずだ。お父上が賀茂鶴の蔵で働いていらした新山さんは、日本酒文化や暮らしの地平にも目を凝らす。

 「これからもそういう伝統や文化に紐づく行事は続いてほしいし、そこに日本酒が必ずあるっていうのは大切なんじゃないかなと思うんですよね」
 新山さんの言葉が、静かに胸に沁みる。

対談の様子
対談の様子

 「真吟」の話が一段落したころ、予定を終えた社長の松本さんがふたたび姿を見せた。すっかり打ち解けた私たちの様子を見て、「新山さんの話、面白かったでしょ」と松本さん。「ええ、とっても」と答えると満足げな笑みを浮かべた。

 そのまま自然な流れで、話題はサタケのものづくりと人づくりの哲学へと移っていった。

 「今回、いろいろ見させていただいて、サタケのものづくり精神をたとえる言葉として、“サタケイズム”って言葉を思いついたんです」と伝えると、松本さんがこんな話を聞かせてくれた。

 「2024年の元日に能登半島地震があったでしょう。あの時ね、うちの従業員たちは誰に言われるでもなく、翌2日には現場に入っとったんですよ。何の指示もなく自らの判断で動いていた。それができたのは、普段の業務の中で育んできた価値観があったからで、それこそサタケイズムですよね。僕は彼らのことを誇りに思ったし、社長としてやっぱり嬉しかったですよ」と、目を細めた。

 サタケでは2023年に中長期計画「Satake Vision(サタケビジョン)2030」を作成し、お客様の利益になる商品開発や提案、DXの導入など5つの重点施策を掲げているというが、その中で松本さんが最も重要だと思っているのは、実は「人財育成」だという。

 日々の判断や行動が、その人や組織の哲学をかたちづくる。サタケのものづくりの根底にあるのは、きっとその積み重ねだ。

 「僕がいつもみんなに言っているのは『自ら考えて行動しよう』ということと、『とにかくやってみろ』ということ。失敗も経験しなきゃって思ってるんですよ。僕自身、会社からこれやっちゃダメ、あれもダメ、って言われた記憶があんまりないんです。サタケはそういう会社だから、みんな失敗を恐れずどんどん挑戦してほしい」

対談の様子
対談の様子

そして最近、「人財育成」と同じくらい、松本さんが重要性を感じているのが地域貢献だという。

「地域貢献をないがしろにしちゃいかん、ということも常々言っていることの一つ。うちの事業の中心はB to B。だから正直、どういう地域貢献がいいの?というジャッジは難しい。例えば、サタケという会社が発展して、地域をいくらかでも潤わせることができればそれも地域貢献だと思うし、他にも「お米の学校」という食育プログラムや、東広島市豊栄町での「賀茂プロジェクト」など、地域の方と関わる形の地域貢献も積極的に取り組もうとしているところです」

 松本さんのいう通り、どんな地域貢献をしていくか、その采配はとても難しい仕事だ。派手な打ち手を考えたり、目に見える成果ばかりを追いかけていると、短期的なインパクトに終始してしまう。本当に大切なのは、すぐには形にならないけれどじわじわと効いていくような中長期的な取り組みだ。

 そうした観点から賀茂鶴もまた、毎年地元の保育園児たちと一緒に酒米の田植えや稲刈り体験を行っている。幼いころのこうした体験や記憶が、そして街の中にある酒蔵の煙突や白壁が、彼らの原風景になってほしいとの想いからだ。いつか西条の酒蔵の風景が彼らの「根っこ」になるのだとしたら、たとえ大人になって西条の酒を飲んでくれなくても(飲んでくれたらもちろん最高なのだが)、賀茂鶴にとっても大切な宝物になると思っている。

対談の終了後の様子

 さて、同い年の経営者として共感する部分も多く話は尽きないが、そろそろお開きの時間。今回も気づけば話題は「人財」から地域へ、そして街の未来にまで広がっていた。単なる情報交換以上の、確かな手応えを感じた一日だった。

 精米から炊飯に至るまで、長い時間をかけて技術を磨き続けてきたサタケの歴史は、日本酒という文化の成り立ちとも重なる。米の栽培から始まり、発酵・熟成を経て、ようやく一杯の酒が生まれる。米作りから出荷まで、幾重にも積み重なる手間と想いが、一杯の酒の背後に宿っているのだ。

 だからこそ、改めて考える。美味しいとは何か。酒造りとは何を受け継ぎ、何を未来に残す営みなのか。その問いを考え続けること。それも、この街の文化を支え次の世代につないでいくための、大切な姿勢なのだと思う。

おすすめの賀茂鶴

サタケの「真吟」という新しい精米技術を使い、精米した米を原料に使用した賀茂鶴のお酒。

酒中在心 橙
ほどよい旨味と酸味のバランスが心地よい純米吟醸
酒中在心 橙 純米吟醸 生酛 八反35号 720ml
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