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日本酒の未来を拓く

100年企業のふたりが語る日本酒の現在地と未来。

Episode 03 時代を超える新たな価値を創る

100年企業という共通点もあって意気投合したふたり。次の100年に向けた「新しい価値」の創造について意見を交わしました。

新聞“も”発行する会社になる

石井: 広島の復興とともに成長してきたという歴史を振り返って、こみあげてくるのは「地域とともに」という想いです。あらためて次の100年をどう創っていこうか、そのためにできることは何かなという話を山本さんとぜひさせていただきたいのですが。

山本: 中国新聞社は創刊130周年の節目となる2022年、「確かな情報でこのまちを守り、力づけ、おもしろくする」というミッションを策定しました。真偽不明な情報があふれる中でも我々は確かな情報を供給し続け、このまちを不正や災厄から守り、頑張っている人や組織を元気づけ、結果としてこのまちやそこで暮らす人々のくらしが面白くなる。それが我々がこれからの時代に果たすべき使命であると新たに定義しました。10年後の目標であるビジョンには「このまちの未来をともに創造する地域応援企業に進化する」を掲げました。報道に留まらず、まちづくりや地域応援にも直接的に関与していこうと考えています。

石井: 地域企業にとって、地域のニュースや情報を取材して広く発信してくださる中国新聞社様はとても大事な存在ですし、本当にありがたいといつも感謝しています。

山本: ありがとうございます。でもその役割を果たすためにはまず、我々自身が元気でなければならないので、そのために次の100年を見据えた新しい価値をどう創っていくか、今はそのチャレンジの連続です。

石井: 具体的にはどんな取り組みをされているのですか?

山本: 新しい価値を創るというと、新しい技術やサービスを開発したり非常に革新的なことをすることをイメージしがちですが、既存の知見やリソースを組み合わせて、新しいビジネスモデルやサービスを生み出すこともできます。例えば新聞社である我々が持っているリソース、印刷技術もそうですし、記者という書く集団がいて、新聞を流通させる配送網がある。こういうリソースを使ってどんなことができるのかを常に考えています。最近ではInstagramなどのSNSを活用し、若手の記者たちがビジュアルでニュースを伝える新しいウェブ媒体「中国新聞U35」や、朝刊の配達網を活用して全国の特産物や逸品を届ける「おとどけIppin帖」が生まれました。30年ほど前にはケーブルテレビ・インターネットプロバイダー事業をスタートさせ、これも今「ちゅピCOM」という大きな柱になっていますが、このように新しい柱をどんどん立てて、グループ全体をどう盛り上げていくかというところが目下のミッションですね。投資や企業買収も積極的に手掛けていきたいと思います。

石井: これからの時代、1つの柱じゃなくて、時代に合わせていくつかの柱でバランスをとりながらというのも一つの戦略としてありますよね。

山本: はい、そのうえでさらに情報をどんなツールでどのように届けるかという手段のブラッシュアップにも取り組んでいます。そもそも新聞という媒体はすべての世代を対象とした画一的なメディアであるがゆえに、これまでは我々が一番大事だと判断したニュースを一面でドンと届けるというマスマーケティングが主流でした。でも今は若い人に限らず、みんな忙しくなって、自分の興味のあるニュースしか欲しくない。つまりマスからマスへというマーケティングは通用しづらくなっています。

石井: そうなんですよね。私もマスメディア出身なので、自分の興味のあることだけじゃなくて、普段目にしないものとか自分の領域じゃないものに触れることも大切ですよ、とつい言いたくなってしまうのですが(笑)。

山本: おっしゃる通りで、中国新聞社としてもこちらが責任を持って届けるべき情報というのは当然あると思っています。われわれニュースの目利きが価値判断した記事も一定量は確保しつつ、一方で情報の伝え方という部分で、お客様が潜在的に求めている情報も自動的におすすめしていくという努力や工夫もやっぱり必要ではないかと考えています。

石井: 確かに、そもそも読んでもらえないと情報を届けることができないわけですから、どうやったら届けられるかという工夫が求められますよね。お酒ならばまず手に取ってもらわないと、そして一度飲んでいただかないと、その先に進めません。

山本: かつてニューヨークタイムズが「新聞社なんだけど新聞“も”発行する会社になろう」という宣言をしたのですが、新聞社の使命は「情報を伝える」ことなんですよね。そう考えた場合、紙の新聞にこだわる必要はないわけで、お客様自身が自身の興味や好みに合わせて選んだり、カスタマイズできる方がいいとなった場合、操作性はもちろん、双方向性という点でも優れているアプリは有効なツールですしそこに動画や位置情報などを掛け合わせて「情報の伝え方」を拡張できる可能性も潜んでいるわけです。

対話と共創によって、
新しい価値を創る

石井: 「新しい価値を創る」ということでいうと、賀茂鶴の場合、昭和33年、それまで​​鑑評会出品用がメインであった大吟醸(※2)を市販化のさきがけとして「特製ゴールド賀茂鶴」として商品化し、新たな価値を世に問うたわけです。でも、これからの時代、創造する価値は必ずしもプロダクトでなくて、見えないもの、ソフトもあるかもしれない。もっと言えば、企業が一方的にお客様へ商品やサービスを提供するのではなく、お客様と一緒に価値を創造できるかというところもひとつの鍵になるかもしれないと感じています。

山本: 新聞もお酒も、もう「若い人向け」とか顧客セグメント自体にあまり意味がなくて、これからは個々のお客様と対話することが重要で、それによってもっと「個人」に寄せたプロモーションを行なっていくことが求められているのかもしれませんね。お酒の世界でも「個人」の好みに寄せたカスタマイズのようなものはあるのではないでしょうか。

石井: 例えばお酒だったら、酸度やアルコール度数や香りは個々のお客様によって好みが異なります。造る側からすると、多品種少量生産になるのはコストや手間が増えるので大変なのでバランスを考えながらですが、これまで以上に何かしらひと手間かけることが求められる時代になるかもしれませんね。「特製ゴールド賀茂鶴」という商品は、食事に合わせる「食中酒」としての役割を一つの価値として掲げてきました。中国新聞社様が「情報を伝える」という新聞社としての原点から新たな取り組みを考えられているように、賀茂鶴も日本酒は食文化の一つであるという原点から、日本酒の新たな楽しみ方を提案していくということは大切な立ち位置だと考えています。

※2 精米歩合50%以下の米を原料に使い、低温で長期間発酵させて醸造した日本酒。香りを強くしスッキリと仕上げるために少量の醸造用アルコールを使用。毎年一回、東広島市で開かれる全国新酒鑑評会への出品酒の大半は、この大吟醸酒。

お客様の「今」を知る

山本: そうなってくると、これまで以上に「お客さまのことを知る」ということが大切になってきますよね。お客様が今どういう状況にあって、どんな情報を求めているのか。今となっては当然のことですが、高度経済成長期やバブル期など店に並べれば物が売れた時代もあって、中国新聞社は長い間、あまりお客様のことを知ろうとしてきませんでした。

石井: 耳が痛い話ですね。お客様が何を求めているのかわからない状態では、的はずれな情報ばかりを届けてしまって、結果「全然わかってくれていないじゃないか」という声に繋がりかねない。お客様の嗜好だったり、どんなモノ、コトを望んでいるかということを知ってこそ提供できるサービスもありますよね。

山本: これまではサービスごとの顧客情報をきちんと集約できていなかったので、お客様の多様な属性や記事の閲覧履歴など自社グループであつかう様々な顧客情報が集約できる顧客会員基盤の構築作業を進めているところです。たとえば中国新聞社は年間400件ものイベントを主催していますが、参加されているお客様の情報はほとんど活用できていませんでした。

石井: 「顧客情報」というとどうしてもセンシティブになりがちですが、目的がお客様の利益のためであること、そして情報を分析したうえでお客様が求めているボールを投げられれば、かゆいところに手が届くコンシェルジュのようなイメージで、お客様にも受け入れてもらえるのかなと思います。

山本: お客様のデータがどんどん集まれば1人1人の解像度があがり、どんな細かいニーズがあるのかを予測できるようになります。グループだけではなく地元企業ともつながることができれば、解像度はさらに高まっていきます。商品開発やイベントの企画、告知方法を考えるうえで大きなヒントになるし、来場してくれたお客様のフォローまでできたら、それは自社サービスに愛着をもつ顧客層、すなわちファンベースの構築につながるわけですから、とても面白いと思うんですよね。それでいうと、西条で毎年開催されている酒まつりも、わざわざ西条に来てくれて、飲みにきてくれて、それはめちゃくちゃファンベースですよね。

石井: 酒まつりはコロナ前までは毎年2日間でおよそ25万人の方が来てくださっています。

山本: 25万人も!それはすごい人流ですね。来場者のデータなどは収集されているのですか?

石井: 残念ながら今のところ、把握できていない状態です。県内や県外からどれくらい来てくださって、来てくださったお客様が何を求めているのか、どんなお酒を好みなのか、そういったデータを蓄積してファンベースの構築に活かせたら、すごい財産になります。

山本: 中国新聞社もカープのファン感謝デーというイベントを毎年開催しているのですが、以前はハガキで当選の連絡をするだけで、その方々の情報を残せていなかった。でもそういうところにこそ大切なヒントがあるはずなので、そうしたお客様とのやり取りや活動履歴を集約して一元化することで、顧客理解に繋げたいと考えています。

石井: 秋の酒まつりは大勢のお客様、つまり「マス」が対象です。今、それとは別に、春に東広島市の10の酒蔵が緩やかに連携した蔵開きを順番に毎週開き、お客様と対話する機会を増やしてキメの細かいファンベースの構築を目指そう、という取り組みも始めています。お客様を知ることと、対話を大切にすること。それがファンベースの構築に繋がるという、まさに今、賀茂鶴が色々なことを探りながらやっているところと重なるので、山本さんのお話はとても参考になります。

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